受け入れMAXだった不動産屋さん(2016年 47歳)

東京の西側に広がる、自然豊かな町。
以前から名前は知っていたが、全く土地勘も馴染みもない地域であった。
しかし、なんとなくのイメージはあった。
ただ、正直あまり良いものではなかったのである…。

その基になったのは、20年以上前のお勤め時代に大の仲良しだった、同期の女の子の話であった。

当時彼女は、その町に転勤になった彼(交代勤務で激務なお医者さん)に会うため、毎週末足しげく通っていたのだが、いつもボヤいていたのだ。
「乗り換えも多いし、本当に遠くて大変(片道なんだかんだで3時間)!仕事帰りだと、都心から乗る電車(ローカル線)が、いつも夜遅くてさ……。しかもガラガラだからか、車内でよく絡まれるんよ……。だから乗るのがちょっと怖くて。……とにかく、あの辺は物騒で嫌なんよ」

まあ、これらの訴えは、町の印象というよりは“電車に関しての内容”が主だったし、そもそも彼女がお人形のようにかわいかったからっていうのもあるだろうし、夜遅くの乗車ということもあったかもしれない。
けれど、何度もボヤキを聞いているうちに、情報は私の中で歪曲され、その地域一帯の確固たるイメージとして定着していったのだった。

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さて、それから20年ほど年月を重ねた、ある初夏の夜。
たまたま観たテレビ番組にて、古い建物をリノベーションしたとても素敵なカフェが、その町にあることを知る。
「うわ~行ってみたい!!でも、彼女が言ってたあの町か~。うーん……」

私は当然のように二の足を踏んだ。……が、やはり気になるので「いつか行けたらいいよね~」くらいの軽い気持ちで、サクッとインターネットにて検索。
そこで偶然辿り着いたのが、町の豊かな自然風景を紹介するサイトだった。

豊かな水辺に、山々の深い緑……そのあまりの美しさにハッとした私。妄想が始まった。
「水と緑のある日常かぁ~。いいなぁ……。……あ!そうだよ。ここなら心豊かな生活が送れるんじゃない!?」
10年以上も終の棲家を探し回っていたこの時分、「自然多き土地での豊かな暮らし」妄想はモリモリ膨らみ、流れるように物件検索サイトへ。良さそうな2件を即座に選出したのち、不動産屋さんと内見のアポを取り、カフェ訪問も組み込んだ計画を立てたのであった。

数日後。例のデンジャーであろうローカル線に、ドキドキと乗車。
しかし、日中だったからか、時代が変わったからか、私だったからか、平和そのもの。

降り立った町も穏やかだし、伺った不動産屋さんも、広くてスッキリとした店構えでありながら、個人経営だからか実に和やかムード。
着いて間もなく、まずは冷たいお茶をいただきながら、社長(50代前半?)と若き営業さんとで、何故かのんびり世間話をすることに。

『……あれ、こんなにまったりさせていただいていいの?』
これまでにはない営業さんとのワンクッションタイムに、少々戸惑う私。
が、このひと時のおかげで、お二方ともが実直で落ち着きのある理知的な方であることを知り、そこはかとなくほっこりとした安心感を覚えたのだった。

と、そんなこんなでひと通りの物件説明も受け、いよいよ営業車で内見へ。
そしたらなんと、社長も同行されるとのこと!
いや~これには「“自称”内見通」の私もビックリ。
これまで結構内見してきたが、お二人同行は初めてのケース。
しかも社長さまが……!

『……も、もしかして、今回の内見って、社運がかかってる!?』
多大なプレッシャーが私を襲う。しかしすぐに、
『い、いや、そんな大それた物件でもないしな……』
と思い直し、それでも多少の緊張感を保ちつつ、2件の内見を終了させた。

で、その結果はというと……即決するにはピンと来ず、町の情報も不足していたので、もう少し落ち着いて考えてみる必要があった。
うーん…お二人がかりで回っていただいたのに、はっきりしない返答でこちらも残念…。

そんなことも含め、2件目の駐車場にて「感謝の気持ち」と「もう少し町を知りたいので、このままこの辺りを散策してから帰る」と言った〆のご挨拶をした。
しかしそこで、唐突に社長がおっしゃったのだ。
「土地勘がないのなら、車でこの町周辺を回ってみますか?……もし良かったら」

「ええっ!!」
またもや、社長にビックリ仰天させられた私。
速攻で、内見の回答がどうなるか分からないことを理由にご辞退すると、
「あ、こちらは全く大丈夫ですので、良かったらどうぞ!」
と、実に屈託のない軽やかトーンでおっしゃって下さったので、恐縮しながらもお言葉に甘えることしたのだった。

町めぐりは、半分ドライブのような、のん気でワイワイとしたものとなった。
お二人とも思惑のない正直な方だったので、「町の実情や地形の良し悪し、開発度合い」など、素直なご感想を丁寧に教えて下さった。
おかげで、自分だけで巡るよりもはるかに効率的に、はるかに多くの知識を得ることが出来たのだった。

『契約するかどうかも分からない私に、貴重なお時間を割いて下さっただけでなく、正直な情報もいただけたなんて、なんてありがたい……』
私は、後部座席でひとり感謝を噛みしめた。

その後、結局2つ先の駅まで町案内をして下さったお二人。
別れ際、社長はおっしゃった。
「もしこの町に引っ越してきたら、美味しいお店があるのでお連れしますよ!仲間も沢山居ますから!」
『社長――――!!』
なんと心強いお言葉よ!私は、心の中で社長とガッチリ握手を交わした。
『地に足が着いた暮らしって、こういうことなのかもしれないな……』
地元らしい地元を持ったことのなかった私は、すでに仲間の一員であるかのようにワクワクしながら、あたためてお礼とお別れを告げた。
こうして内見は無事楽しく終了した。

……ひとりになった私には、ある種の強さが芽生えていた。
見知らぬ土地の心の拠りどころ、受け入れ口があるという安心感……。
なんとも言えぬ温もりが広がる。
今まで頼れる環境が無かった者にとって、初めての感覚だった。

それを思いがけず与えて下さった、どこまでも誠実だったお二人……。
私は感謝の想いをしみじみ噛みしめた。



殆どドライブ……😅。楽しかったです。




余談その1:正直に答えて下さった最重要チェック項目

 実は社長、学生時代に私の地元の近隣地域で暮らされていたとのことで、気候の違いなども正直に教えて下さった。
そのご回答は、夏の暑さが鬼門である私にとってとてもありがたい内容。
しかも、「それならもっと海側の地域の方がいいと思いますよ」とのご助言まで……。
本当に相手のことを考えて下さる素晴らしい方でした。


余談その2:結局移住は出来なかった

実はこの頃、人生大暗黒期で怒涛の日々を送っていた私。
内見をしてまもなく、実生活で色々なことが起こり、その町への移住自体が難しくなってしまった。

その旨を営業の方にメールで送ると、とても丁寧で温かなお返事……。
私は、あの時のドライブを鮮明に思い出した。
『ああ、やはり町案内は心からのご厚意だったのだな……』
あらためて感動が胸に迫った。


余談その3:カフェにも行きました

予定に組み込んでいたカフェは、不動産屋さんとのアポ前に訪問した。
テレビ通り雰囲気も素敵で、お食事も美味しく大満足!!お客さんも代わるがわる来店されていた。

……という話を社長にしたところ、「放映前は来客数がとても少なくて、地元でも心配がささやかれていたんですよ……。でも、今はすっかり人気店になって全国からお客さんが来ているみたいです!」とのこと。(いや~よかったよかった😊)。
やはりTVの力は大きいのである(番組の内容も良かったしね!😉)



全くの余談その4:同期の子のぼやきを味わった私

お勤め時代、同期の彼女がぼやいていたのには、理由がもうひとつ。
それは、往復6時間、デンジャラスな思いまでして逢いに行っても、彼との会話が僅かな時間しかなかったからである。

と言うのも彼は医師であり、転勤先は24時間交代制の大きな病院。
やっと逢えたと思ったら、すぐに出勤時間になってしまったり、ポケベル(←その時代)で緊急に呼び出されたり、夜勤明けでグースカ寝ていたりなんてことも多々あったようだ。

『いやーそりゃ、ボヤきたくなるよね、この遠さでそんな状況だったんじゃ……』
20年の時を経て、彼女とほぼ同じ道程を辿った私は共感しまくり、無事ゴールイン出来たことに「よくぞこの距離を乗り越えなすった!」とあらためて祝福の念を送ったのであった。



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なぜか見知らぬ人に話かけられやすい私と、なにげなく出逢った市井の皆さんとで紡いだ「思い出エッセイ」を公開中。 それらを通して「人本来の素晴らしさや魅力」「感謝や学び」などをお伝えしてゆけたらと思っています(全100話位)。 一応毎日更新予定😅。noteさんでも同時公開しています😊 どうぞよろしくおねがいします😌